2012年4月26日木曜日

パンタグラフ


パンタグラフ

1. パンタグラフの種類

  電気を動力とする車両に外部から電力を取り入れる装置を集電装置といい、架空線方式の場合は一般にパンタグラフ(panttograph:元は、 図面の拡大、縮小に使う写図器のこと)や低速の路面電車などではビューゲル、トロリーポールなどが、第3軌条方式の場合は集電靴(シュー)が使われていますが、 ここではパンタグラフについて解説します。
  現在主に用いられているパンタグラフの種類は、大きく分けて、菱形タイプとシングルアームタイプに分かれます。更に、菱形タイプには下枠交差タイプがあります。
  リンクがないので厳密にはパンタグラフとは言えないのかもしれませんが、JR西日本の300km/h運転を行っている500系新幹線には翼形パンタグラフ(T形)が使われています。
 それぞれの形状と特徴は次のとおりです。

2. パンタグラフの要件

  パンタグラフはアルミや鋼管の骨組みの上部に架線と直接接触するすり板を載せた集電舟(舟体)を取り付けたもので、リンク機構とばねや空気シリンダで舟体が垂直に上下します。 架線と高速で接触しながら電気のやりとりを行うパンタグラフは、

○使用高さの範囲内で架線との接触圧力変化が少なく、架線の高低変化や列車動揺に対して追従性能が良いこと。
○十分な機械的強度が有って、集電容量が大きいこと。

という必要があります。
  架線への追随性をよくするためには架線と直接接触する可動部の質量を極力小さくする必要がありますが、そうすると強度が低下する傾向になるため、強度と追随性能とのバランスが重要です。
  更に、高速で走行する新幹線では、たとえば270km/hで走行する場合、秒速75mという風速を受けることになり、

○走行方向や気流の変化によって揚力に差がなく、適正であること(揚力は、0〜25n(2.5kgf)の上向き力)。
○集電系騒音が小さいこと。


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が必要です。
  特に、しゅう動音(架線とすり板のこすれるシュー・・という音)、スパーク音(バチバチ・・という火花の音)、空力音(空気の流れのみだれから発生する風切り音)に分類できる集電系騒音の中で、 速度の6〜8乗則に従うといわれる空力音低減対策は新幹線の速度向上のために必須です。
  たとえば、270km/hから300km/hに速度を上げる場合、6乗則で計算すると、10log(300/270)6=2.7db(デシベル)だけ騒音値が大きくなることになります。
  そのほか、降積雪地域を走行する場合には雪に強いことも必要です。

3. 各パンタグラフの構造と動作

  下の図は、各形式のパンタグラフの概念を示しています。パンタグラフの上下方法には、「ばね上昇・空気下降式」と「空気上昇・ばね下降式」 があり、次のように一長一短ありますが、新幹線、電車では「ばね上昇・空気下降式」が一般的です。
<ばね上昇・空気下降式>
  折り畳んだ状態からかぎを外すと主ばねの力で枠や舟体が持ち上がり、折り畳むときにはこの力にうち勝つように下げシリンダの空気ピストンの作用でばねに抗して主軸を回転させてパンタを反対側に押し下げるものです。 押上力はこのばねの力によります。
  この方式は、構造が簡単で空気がなくても「パンタグラフ引棒装置」を手で引けばかぎが外れてパンタグラフが上昇、電気を受けて車両が生きるので運転が可能ですが、圧力空気がなくなるような異常時にはパンタを折り畳むことができなくなります。
  かぎの外し方ですが、一般電車はバッテリ電源の「電磁かぎ外し」方式をとるようになっているので、空気がない場合の「引棒」は必要なくなっています。新幹線はバッテリを電源としたベビコンを持っており、これでパンタ上昇(かぎ外し)やvcb投入の最低必要な空気を作ることになっています。
<空気上昇・ばね下降式>
  折り畳むときは空気を抜いてピストンをばねで戻し、上げるときは空気を入れてピストンでばねを張る構造になっています。主として集電容量から舟の重い電気機関車の一部に使用されています。
  この方式は、上昇速度を制御することが容易で、架線接触時の衝撃力を緩和できますし、折り畳み時にはばね力で固定されるので振動や風圧で動揺することもありません。 かぎが外れたり、空気がなくなっても折り畳んだ状態になっており安全側です。
  しかし、空気がないとパンタグラフを上げることができません。
 次に、それぞれのパンタグラフの機構を示します。下枠交差は菱形とほぼ同じです。  

4. パンタグラフの具体的な動作(ps16の例)

<上げ動作>
  運転台からのパンタ上げ操作によって圧縮空気がかぎ装置のかぎ解放シリンダ(上げシリンダ)に送られ、かぎが外れてパンタグラフは主バネの力によって自動的に上昇 します。
  この時、前回折りたたみ動作を行った下げシリンダのピストン棒は前方に出ているので、パンタグラフの上昇動作と共に下げシリンダてこによって押戻され、シリンダの内圧は上昇、逆にピストン棒側(前ぶた側)内部は負圧とな りますが、それぞれに適当な絞り穴を設けることにより、この絞りの抵抗によってパンタグラフが電車線に接触する際の衝撃を援和させます。
<下げ動作>
  下げ操作により圧縮空気は下げシリンダに供給され、ピストン棒を押し出して主軸の下げシリンダてこを回し、パンタグラフを折りたたみます。この時ピストン棒側 (前ぶた側)内部の空気は圧縮され前ぶたの絞り穴を通って大気に出るので、この抵抗によってパンタグラフはかぎかかり位置少し手前で緩衝を行います。
  緩衝ゴムでできた折り畳み受けでも折り畳み時の衝撃を緩和します。
<ばね装置>
  動作範囲内での押し上げ力は、53.9n(5.
私は5フィートの欄干を介して排水口を置くことができます
5kgf)程度になるようにしていますが、積雪区間を走行する電車ではパンタグラフ立上り動作を安定させるため、折りたたみ高さ付近の立上力を68.6n(7kgf)に調整できるようになっています。
  立上力を大きくする方法としては、主軸間距離を幾何学的正寸法より少し短かくし、また、ばね装置のばねてこ部には補正てこを用い、この両方の相乗作用で立上力の増大を図ってい ます。
<舟ささえ装置>
  集電舟は軽合金の鋳物製でできており、ピンによってすり板体が自由に回転できるように支えられています。
上下動は復元バネによって緩和し、走行中架空電車線とのしゅう動摩擦抵抗による支え腕の傾斜及び転倒は平衡バネで、前後動はナビキバネによって緩衝作用をします。
  従って、高速運転中の電車の上下動、架線の勾配変更等にもよく追随し、また前後動を緩和するとともに離線を防止する構造となっています。

5. パンタグラフの実際の構造

  パンタグラフにはいろいろな種類がありますが、現在最も一般的に使用さている菱形タイプ、旧タイプの新幹線や一部在来線に採用されている下枠交差タイプ、最近の新幹線に採用されているシングルアームパンタグラフの概略構造は下の図のとおりです。
  尺度はほぼ同じなので、その大きさの比較ができると思います。

6. パンタグラフの追随範囲

  架線の高さは車体の高さだけでなく、在来線では踏切やこ線橋、トンネル等を考慮して決められますが、現在の標準は、右図のようになっています。いずれの数字もレール面上からの寸法です。特殊な場合はこれ以外の数字もあります。
<新幹線>
  新幹線の架線標準高さは、5,000mmで、実際はそれの±100mmの範囲で張られていることが多いようです。
  それに対してパンタグラフは架線の上限、下限高さをカバーするように標準高さ+300、−200mmの500mmの範囲で問題なく作用するように作られています。
<普通鉄道>
  普通鉄道の架線標準高さは、5,200mmで、上限、下限はそれぞれ5,400mm、4,800mmとなっており、パンタグラフはその間の400mmの範囲をカバーすればよいことになり、新幹線より小型のパンタグラフでいいように思えます。
  しかし、全国運用されていた485系のPS16は最低作用高さは4,346mm、最高作用高さは5,636mmと、動作範囲は実に1,290mmもあります。
  これらの数字は車種、走行線区によってやや異なりますが、sl時代に掘られた狭いトンネル区間を後で電化したため、架線は下げざるを得ず、それに対応して最低作用高さも下がってきます。車体高さも影響を受けることになります。高い方は踏切の影響と思われます。

7.
なぜ温水循環式のシステムを使用しない
3元ばね系パンタグラフと微動すり板

  架線は一定の張力で同じ高さに張ってありますが、ハンガーで吊ってある部分はばね的に見れば固くなっており、表面も細かく見ると波状摩耗などの凸凹があります。
  そのような状態の架線と接触しているパンタグラフはそれ自身も車両動揺等の影響も受けるため、相互の接触状態が保たれずに、離線を起こすことになります。その結果、大小様々なスパークが発生し、 すり板・架線摩耗の増大、騒音、電波障害等が発生しますので、離線を少なくする必要が、特に新幹線のような高速走行する電車では必要になります。
  新幹線開業時には合成コンパウンド架線を使っていましたが、列車本数の増や架線・パンタ系の事故により、トロリー線の径を太くしたヘビーコンパウンド架線(断面積110mm2→170mm2)が途中から導入され、 同時にパンタグラフの強化も行われました。その結果、事故は減りましたが相互に重量化されたため、集電性能という面では逆の方向となってしまいました。かつては、「バチバチバチ」と火花を散らしながら走る姿がよく見られたものです。
  そこで開発されたのが、3元バネ系パンタグラフで、東北・上越新幹線のps201で初めて実用化されました。当時は高圧母線引き通しの研究もされていましたが、実用化されていなかったので、集電系騒音、電波障害防止策として導入したものです。
  右図は、その概念図で、すり板をすり板支えに取り付け、すり板支えと舟体枠間にばねを設け、架線と直接接触する部分の重量を軽くして架線に対する追随性の向上を目指したものです。
  下の図は、その力学的なモデルと、実際の2元、3元パンタグラフの追随範囲を示してます。
  一般に、架線・パンタグラフ間の力学的振動の発生源は、接触条件の変化する電柱(約50m毎)、ハンガ間隔(3.5m、5m毎)に発生しますが、ミクロ的には間隔の狭い波状摩耗等があります。
  これらの箇所では離線が発生しやすいため、パンタグラフとしては、低周波の大離線についてはダンパ、ハンガ間隔周期の離線については復元ゴムばねと三次ばね(微動ばね)の定数を各々適切に選定することにより対応するもので、 ハンガ間隔周期の離線が他の離線に比較してかなり大きいために、図にあるように10〜20hz程度の追随性能を向上するように復元ゴムと微動バネのバネ常数を決めます。

  小さなすり板の下にバネが入っているというのは外から見ても全くわかりませんので、それがどのように構成されているかを示したのが、下の図です。
  標準の押し上げ力でほぼ中立位置を保ち、接触力の変動に応じてすり板は2〜3mmずつ上下できるようになっています。変位の範囲を制限し、万一のすり板脱落を防止するピンや隣のすり板間で段差が生じないような連結ばね等結構構造は複雑です。 当然すり板が摩耗した場合にはすり板のみを交換すればよく、すり板支えは繰り返し使用が可能です。

  この3元バネ系舟体は北陸新幹線等のE2系にも採用されましたが、高圧母線引き通し、パンタ数の削減や配置の工夫等の対策によってスパークの発生が抑えられ、新幹線に採用される機会は減りつつありますが、在来線の特急に一部採用されているなど集電性能向上対策の1つとして重要な技術であることは変わりがないと思われます。


8. 新幹線の空力音対策とシングルアームパンタグラフ

  新幹線の走行に伴って発生する騒音に対しては、昭和50年に環境庁告示がなされ、周辺環境に応じて次のようになっています。
地域の類型地域の概要基準値 測定方法等
i主として住居の用に供される地域 70デシベル以下測定は、屋外において原則として地上1.2メートルの高さで行うものとし、 新幹線鉄道の上り及び下りの列車を合わせて、連続して通過する20本の列車について、当該通過列車ごとの騒音のピークレベルを読み取って行うものとする。
ii商工業の用に供される地域等@以外の地域であつて通常の生活を保全する必要がある地域 75デシベル以下

  これらの値は当時としては大変厳しいもので、これを契機に様々な騒音対策の技術開発が行われてきました。
  新幹線騒音は、遠くから聞いていると1つの音ですが、近づくと色々な所から音が出ていることが分かります。その音源を解析し、構造物音、転動音、集電系音、車体空力音等に分類し、それぞれの特性に応じ、防音壁の設置、レール表面の削正、車体表面平滑化等地上、車上で様々な対策がとられてきました。
  その結果、最もウエイトの高かった車輪とレール間の接触から発生する転動音を中心に全体の騒音は低下しましたが、相対的に次に目立ってきたのが屋根上にあり防音壁で防げないパンタグラフまわりから出る集電系音でした。
  右図は指向性マイクで新幹線騒音を測定したときの様子で、パンタグラフの部分にピークがあることが判ります。前記の環境基準ではピークレベルを読むことになるので、 このピークを下げることが重要です。
  騒音対策の場合、次のような理由で寄与の大きい音源対策を進める必要があります。つまり、
  たとえば、2つの音源があり、それぞれ、単独で76デシベルと82デシベルだったとします。これが一緒になると、10log(10(76/10)+10(82/10))= 83デシベルになります。
  片方の音源を対策によってたとえば3デシベル低減できたとすると、

76デシベルの音源を 73デシベルにした場合 10log(10(73/10)+10(82/10)) = 82.5
82デシベルの音源を 79デシベルにした場合 10log(10(76/10)+10(79/10)) = 80.8



となり、同じ3デシベルの対策を実施しても、レベルの高い方を下げた方が1.7デシベルも効果が大きいことがわかります。
  集電系騒音のうち、スパーク音対策として高圧母線引き通し、3元ばねパンタ等、最後まで残った高速で寄与度の大きな空力音対策としてパンタカバー、シングルアームパンタグラフ等が採用され、大きな効果をあげてきました。
  パンタグラフカバーはパンタグラフに当たる風速を落とす、ガイシ等集電装置を覆うと同時に流れを整流する、遮音するというような目的で様々な形状が開発され採用されています。
  シングルアームパンタグラフは、在来線では早くから使われていましたが、部材が少ないので騒音対策に有利ということで新幹線でも開発が進められ、JR東のE3系、JR東海の700系以降に採用されました。
  在来線用と違う点は、騒音対策のために釣合棒や平行棒を枠の中に内蔵させ、ヒンジ部をFRPカバーで覆ったこと、前後舟体を一体化したこと、ホーンに進行方向に対して長穴を断続的に設けてカルマン渦による卓越音発生を抑えたことなどで、JR東、JR東海とも同じですが、舟体部の構造は、 いわゆる2次ばね(復元ばね)機能を、舟体にではなくばね付き可動すり板で持たせる方法と舟体内に納めた天井管の両端に取り付けたリニアガイドと支えばねで舟体を支えて持たせる方法という違いを見せています。
  高速化に伴いこのパンタカバーからの騒音発生や重量、横風、微気圧波、走行抵抗面で不利であること等から、JR東日本のE2系1000番台からは集電装置全体を見直し、低騒音ガイシとシングルアームパンタグラフの組み合わせによってパンタカバーをなくすことに成功しました。
  下図に、700系とE2系1000番台の空力音対策の比較を示します。右側の図は、形は違いますが、東海道新幹線開業時の姿に戻ったもので、パンタカバーを見慣れた身には大変すっきりした印象を受けます。今後の新しい方向を示すものとして期待されます。

9. すり板

  架線には銅やCSトロリなどいくつかの種類がありますが、パンタと直接接する部分は導電性の良い硬銅線が使用されるのが一般的です。それと直接接触しながら高速で電気のやりとりを行う部品がすり板で、 摩耗するので取り替え可能な消耗品としてあります。すり板は舟体にボルトで締結されています。
  すり板の材質は、電気的特性、強度、潤滑性、耐摩耗性、価格等を考慮して選定されますが、鉄系や銅系の焼結合金が多く用いられています。これは、鉄や銅の粉末に潤滑性の優れた、あるいは硬化性のある金属粉末を何種類か混合して高温で固めたものです。
  一方、すり板の材質については自己潤滑性に優れたカーボンを利用することが良いことは昔から判っていましたが、衝撃に弱い、接触抵抗が金属より1桁大きい、車体が黒くなる等の欠点があります。しかし、これらの問題を解決しながら、カーボンすり板も在来線や民鉄の一部で広く使われるようになってきました。
  新幹線には、鉄系の焼結合金が使用されていますが、カーボンを利用する研究も続いており、金属の強度を取り入れたメタライズドカーボンすり板などがその候補です。架線の表面にもカーボンが十分に付着すると潤滑性は良くなりますが、それまでにカーボンすり板の摩耗が激しく実用化が難しいと言うこともあるようです。

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